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「中野正剛」の版間の差分

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|刊行年=昭和6年8月1日
 
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|書名=親しく接した十二偉人を語る
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|共著者名=德富猪一郞([[德富蘇峰]])、[[松岡洋右]]、[[田中穗積]]、[[近衞文麿]]、[[佐藤鐵太郞]]、[[尾野實信]]、[[櫻井忠溫]]、[[本多熊太郞]]、[[武藤山治]]、[[松居松翁]]、[[大久保利武]]、合著
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|刊行年=昭和8年1月1日
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|シリーズ名=『日の出」新年特大号第一附録
 
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== 文獻 ==
 
== 文獻 ==

2024年4月4日 (木) 20:58時点における版

(なかのせいがう)


基本情報

よみがな なかのせいごう
職業 政治家
生年 1886
没年 1943
出生地 福岡県
別名 甚太郞、戎蠻馬、浩堂、耕堂、耕堂迂人



経歴

明治19年2月12日福岡県生れ。昭和18年10月26日歿。初名甚太郞。号戎蠻馬、浩堂、耕堂、耕堂迂人。明治42年早稲田大学政治専攻科卒。東京日日新聞社入社も程なく東京朝日新聞社に転ず。大正9年衆議院議員(当選八回)、昭和4年逓信政務次官。10年東方会(のち東方同志会)を結成し、南進論、日独伊三国同盟等を提唱。戦時中東條英機打倒工作を画策して逮捕せられ、釈放後割腹自殺。詩人中野秀人の兄。


作品




















文獻



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09517.pdf

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