「幣原坦」の版間の差分
→ 日本の古本屋で本をさがす (→作品) |
(→作品) |
||
58行目: | 58行目: | ||
|刊行年=昭和13年11月25日 | |刊行年=昭和13年11月25日 | ||
|出版社=冨山房 | |出版社=冨山房 | ||
+ | |}} | ||
+ | {{作品| | ||
+ | |冠称= | ||
+ | |書名=南支那 | ||
+ | |接尾辞= | ||
+ | |共著者名=[[藤田元春]]、[[中山久四郞]]、[[杉本直治郞]]、[[常盤大定]]、[[神田喜一郞]]、[[有高巖]]、[[移川子之藏]]、[[鈴木虎雄]]、[[伊東忠太]]、[[金關丈夫]]、[[淺香末起]]、[[櫻井芳次郞]]、[[下田禮佐]]、[[秋山謙藏]]、[[新村出]]、[[那波利貞]]、[[靑木文一郞]]、[[鳥居龍藏]]、[[山本由松]]、[[早坂一郞]]、合著 [[大阪毎日新聞社]]編 | ||
+ | |別名= | ||
+ | |責任表示= | ||
+ | |刊行年=昭和14年2月15日 | ||
+ | |出版社=[[大阪毎日新聞社]]、[[東京日日新聞社]] | ||
|}} | |}} | ||
{{作品| | {{作品| |
2022年11月25日 (金) 21:41時点における版
(しではらひろし)
基本情報
よみがな | しではらひろし |
---|---|
職業 | 東洋史学者、文学博士 |
生年 | 1870 |
没年 | 1953 |
出生地 | 堺県 |
別名 | 春邱 |
経歴
明治3年9月堺県生れ。昭和28年6月29日歿。号春邱。明治26年帝国大学文科大学国史科卒。鹿児島高等中学校造士館教授、山梨県立第一中学校校長、東京高等師範学校教授(のち校長)を経て文部省視学官兼東京帝大教授、大正2年広島高師校長、文部省図書局長、昭和3年台北帝大初代総長、17年興南錬成院初代院長、21年枢密顧問官歴任。政治家幣原喜重郞の兄。
作品
- 美點弱點長所短所 日本研究 ( 大隈重信、三宅雪嶺、德川達孝、佐藤鐵太郞、河上肇、芳賀矢一、佐藤正、前田不二三、穗積八束、建部遯吾、志田鉀太郞、牧野伸顯、遠藤吉三郞、杉浦重剛、嘉納治五郞、後藤新平、藤岡作太郞、穗積陳重、元田作之進、野上俊夫、古谷久綱、小林照朗、笹川臨風、德富蘇峰、仲小路廉、幸田露伴、松岡均平、神戸正雄、阪田貞一、津村秀松、合著 大町桂月編 大正7年5月20日 日本書院 ) → 「美點弱點長所短所 日本研究」をさがす
- 臺灣文化史説 ( 村上直次郞合著 昭和5年10月26日 台北 臺灣文化三百年記念會 ) → 「臺灣文化史説」をさがす
- 南方文化の建設へ ( 昭和13年11月25日 冨山房 ) → 「南方文化の建設へ」をさがす
- 南支那 ( 藤田元春、中山久四郞、杉本直治郞、常盤大定、神田喜一郞、有高巖、移川子之藏、鈴木虎雄、伊東忠太、金關丈夫、淺香末起、櫻井芳次郞、下田禮佐、秋山謙藏、新村出、那波利貞、靑木文一郞、鳥居龍藏、山本由松、早坂一郞、合著 大阪毎日新聞社編 昭和14年2月15日 大阪毎日新聞社、東京日日新聞社 ) → 「南支那」をさがす
- 大東亞の成育 ( 昭和16年12月5日 東洋經濟新報社出版部 ) → 「大東亞の成育」をさがす
- 大東亞民話集 ( 前島登父、渡邊三男、宮坂好安(谷耕平)、坪田讓治、渡邊綱雄、小栗蟲太郞、三吉朋十、宮武辰夫、武田雪夫、奧村鐵男、五十嵐智昭、淺見篤、張赫宙、合著 昭和20年3月15日 朝日新聞社編刊 <朝日文庫> ) → 「大東亞民話集」をさがす
- 極東文化の交流 ( 昭和24年6月30日 關書院 ) → 「極東文化の交流」をさがす
- 三高八十年回顧 ( 金子登、森總之助、齋藤大吉、高安道成、牧野虎次、荒木和一、博多久吉、小豆澤英男、森川智德、福田爲造、田中秀央、松尾巌、奧山賢、佐武安太郞、越智眞逸、置鹽章、秋山武太郞、三浦寛次、越山均之助、小笠原三九郞、江馬務、澤田源一、石橋榮達、片山哲、大國壽吉、安部晴之助、金森義雄、山本一淸、大和田悌二、竹内可吉、松本敏三、久留島秀三郞、兒玉政介、那波利貞、瀧川幸辰、中村直勝、林良材、桐原葆見、木村廉、矢野禾積、山本修二、中川有三、八木日出雄、小鳥吉雄、杉捷夫、小川芳樹、今中武夫、古松貞一、今西錦司、土居博、泉井久之助、井手成三、井上國勝、江原貞伍、大城富士男、湯淺佑一、村岡隆俊、久米直之、上原浩一、林屋辰三郞、加藤美雄、山岸敏永、三輪佳之、大井尚俊、合著 大浦八郞編 昭和25年4月1日 關書院 ) → 「三高八十年回顧」をさがす