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== 経歴 ==
 
== 経歴 ==
明治4年9が迂13日東京生れ。昭和37年11月1日歿。漢学者[[信夫恕軒]]の長男。明治27年東京高等商業学校卒。30年外務省に入り大正6年退官。この間[[有賀長雄]]に師事してその学風を継承、更に国際政治学の先駆者となる。その後早稲田大学教授、『新愛知新聞』主筆、中華民国政府顧問等を歴任。昭和18年『戰時國際法講義』全四巻(昭和16年刊)により帝国学士院恩賜賞受賞。新聞人[[信夫韓一郞]]は長男。外交史学者[[信夫淸三郞]]その三男。淸三郞の妻[[信夫澄子]]は歌人として知名。
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明治4年9月13日東京生れ。昭和37年11月1日歿。漢学者[[信夫恕軒]]の長男。明治27年東京高等商業学校卒。30年外務省に入り大正6年退官。この間[[有賀長雄]]に師事してその学風を継承、更に国際政治学の先駆者となる。その後早稲田大学教授、『新愛知新聞』主筆、中華民国政府顧問等を歴任。昭和18年『戰時國際法講義』全四巻(昭和16年刊)により帝国学士院恩賜賞受賞。新聞人[[信夫韓一郞]]は長男。外交史学者[[信夫淸三郞]]その三男。淸三郞の妻[[信夫澄子]]は歌人として知名。
 
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== 作品 ==
 
== 作品 ==
  

2023年7月19日 (水) 23:47時点における最新版

(しのぶじゆんぺい)


基本情報

よみがな しのぶじゅんぺい
職業 国際法学者、外交史学者、法学博士
生年 1871
没年 1962
出生地 東京



経歴

明治4年9月13日東京生れ。昭和37年11月1日歿。漢学者信夫恕軒の長男。明治27年東京高等商業学校卒。30年外務省に入り大正6年退官。この間有賀長雄に師事してその学風を継承、更に国際政治学の先駆者となる。その後早稲田大学教授、『新愛知新聞』主筆、中華民国政府顧問等を歴任。昭和18年『戰時國際法講義』全四巻(昭和16年刊)により帝国学士院恩賜賞受賞。新聞人信夫韓一郞は長男。外交史学者信夫淸三郞その三男。淸三郞の妻信夫澄子は歌人として知名。


作品






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