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「細川潤次郞」の版間の差分

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|共著者名=[[藤木しげ子]]、[[木村鎭吾]]、[[松田はるゑ]]、[[北小路隨光]]、[[小染繁子]]、[[山口長胤]]、[[土方久元]]、[[田中光顯]]、[[大森鍾一]]、[[村上專精]]、[[加藤正義]]、[[澁谷隆敎]]、[[小澤武隆]]、[[福永らく子]]、[[高島平三郞]]、[[藤崎虎二]]、[[西師意]]、[[加藤弘之]]、[[鎌田正夫]]、阪御歌所主事([[坂正臣]])、[[須川信行]]、[[前田健次郞]]、[[金子右鄕]]、[[莊林維新]]、[[高見祖厚]]、バー子ツト夫人、グイツチヨリー侯夫人、オールト氏、ワエリクス・パウマン氏、ヲトマール・フラン・モール氏、ゼ・スタンダード記者、デンバー・ニウス、イングリツシ・リーダー、イングランド・テレグラフ、ニユーヨーク・ポスト、アドヴアータイサー社、[[大須賀秀道]]、[[稻村修道]]、[[鈴木法琛]]、[[大内靑巒]]、合著 [[法藏舘編輯局]]纂
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2024年2月17日 (土) 22:40時点における最新版

(ほそかはじゆんじらう)


基本情報

よみがな ほそかわじゅんじろう
職業 教育家、法制学者、文学博士
生年 1834
没年 1923
出生地 土佐国
別名 元習、熊太郞、細川元、細川潤、細川潤二郞、十洲、十洲居士、吾園居士、梧園、潤々叟



経歴

天保5年2月2日土佐国生れ。大正12年7月20日歿。諱元習、幼名熊太郞、通称潤次郞のほか、細川元、細川潤、細川潤二郞とも署す。号十洲、十洲居士、吾園居士、梧園、潤々叟等。 長崎で蘭学、兵学を学び、藩政改革に関与。維新後アメリカ留学、帰朝後文部省、左院、正院、元老院の要職を歴任。新聞紙条例、出版条例を起草、貴族院副議長、枢密顧問官となり、明治29年「古事類苑」編纂総裁、また女子高等師範学校校長、学習院院長心得を務めた。帝国学士院会員。


作品















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