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明治4年11月20日群馬県高崎生れ。昭和20年10月21日歿。号無綠生、維廉。同志社普通学校卒。明治26年国民新聞社、民友社記者。29年社長[[德富蘇峰]]と共に欧州行の途次、ヤースナヤ・ポリャーナのトルストイを訪問(ア・イ・シフマン著 [[末包丈夫]]訳『トルストイと日本』昭和41年11月15日 朝日新聞社)。33年[[松方正義]]蔵相秘書官に転じ、翌年日本銀行入行。理事、副総裁を経て、昭和10年総裁、12年辞任。貴族院議員、枢密顧問官歴任。少時郷土の歌人[[田島尋枝]]の影響下に在った家兄景員によって和歌を知り、また同志社時代[[池袋淸風]]の歌談を聴き、記者時代には[[正岡子規]]の歌論を讀むなどして自らも随時作歌、晩年『似類集』と題して纏めた。
 
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2022年8月29日 (月) 11:04時点における版

(ふかゐえいご)


基本情報

よみがな ふかいえいご
職業 銀行家、歌人
生年 1872
没年 1945
出生地 群馬県高崎
別名 無綠生、維廉



経歴

明治4年11月20日群馬県高崎生れ。昭和20年10月21日歿。号無綠生、維廉。同志社普通学校卒。明治26年国民新聞社、民友社記者。29年社長德富蘇峰と共に欧州行の途次、ヤースナヤ・ポリャーナのトルストイを訪問(ア・イ・シフマン著 末包丈夫訳『トルストイと日本』昭和41年11月15日 朝日新聞社)。33年松方正義蔵相秘書官に転じ、翌年日本銀行入行。理事、副総裁を経て、昭和10年総裁、12年辞任。貴族院議員、枢密顧問官歴任。少時郷土の歌人田島尋枝の影響下に在った家兄景員によって和歌を知り、また同志社時代池袋淸風の歌談を聴き、記者時代には正岡子規の歌論を讀むなどして自らも随時作歌、晩年『似類集』と題して纏めた。


作品











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