「岡本癖三醉」の版間の差分
→ 日本の古本屋で本をさがす (→作品) |
|||
19行目: | 19行目: | ||
---- | ---- | ||
+ | {{作品| | ||
+ | |冠称= | ||
+ | |書名=明治俳文集 | ||
+ | |接尾辞= | ||
+ | |共著者名=[[巖谷小波]]、[[山村水郭]]、[[正岡子規]]、[[當麻答郞]]、[[近藤幽山]]、[[井出葦天]]、[[平川碧]]、[[尾崎紅葉]]、[[水落露石]]、武田櫻桃([[武田鶯塘]])、[[大和田建樹]]、[[野崎芝兮]]、[[安藤橡面坊]]、[[増島白圭]]、[[河内梅我]]、[[藤波樂齋]]、[[河東碧梧桐]]、[[大橋乙羽]]、[[中内蝶二]]、[[久保天隨]]、[[江見水蔭]]、阿都志([[石原純]])、篠田胡蝶([[篠田鑛造]])、梅本塵山([[梅本塵山人]])、美土路春泥([[美土路昌一]])、[[板倉醉月]]、[[川上眉山]]、[[角田竹冷]]、[[若尾瀾水]]、[[大野一星]]、河村烏黑([[川村雨谷]])、[[保岡江涯]]、[[佐藤飯人]]、[[吉田竹旬]]、[[中野三允]]、[[大瓠]]、[[塚本虚明]]、[[乍人]]、[[牛洞山人]]、[[柳川春葉]]、[[佐々醒雪]]、[[笹川臨風]]、[[田岡嶺雲]]、[[風水子]]、[[素圓玄々子]]、[[無可有]]、中村春雨([[中村吉藏]])、作者未詳、[[鈴木春友]]、[[内藤鳴雪]]、[[佐藤雪山]]、[[武定巨口]]、[[岡野知十]]、[[森無黄]]、[[十寸穗社]]、[[俳童子]]、[[高濱虚子]]、[[松瀨靑々]]、[[福田把栗]]、合著 [[當麻答郞]]編 | ||
+ | |別名= | ||
+ | |責任表示= | ||
+ | |刊行年=明治38年12月26日 | ||
+ | |出版社=梨華社 | ||
+ | |}} | ||
{{作品| | {{作品| | ||
|冠称= | |冠称= | ||
29行目: | 39行目: | ||
|出版社=俳書堂 | |出版社=俳書堂 | ||
|}} | |}} | ||
+ | |||
== PDF == | == PDF == | ||
[[file:02973.pdf|center|1000px]] | [[file:02973.pdf|center|1000px]] |
2024年1月1日 (月) 20:46時点における版
(をかもとへきさんすゐ)
基本情報
よみがな | おかもとへきさんすい |
---|---|
職業 | 俳人 |
生年 | 1878 |
没年 | 1942 |
出生地 | 群馬県 |
本名 | 岡本廉太郞 |
別名 | 癖、癖丸、笛聲 |
経歴
明治11年9月16日群馬県生れ。昭和17年1月12日歿。本名廉太郞。別号癖、癖丸、笛聲。慶應義塾大学卒。秋聲會を経て正岡子規に師事。明治41年に「時事新報」俳壇選者となり、更に三田俳句会を指導。大正6年俳誌「新綠」創刊同人。のち自由律に転じた。
作品
- 明治俳文集 ( 巖谷小波、山村水郭、正岡子規、當麻答郞、近藤幽山、井出葦天、平川碧、尾崎紅葉、水落露石、武田櫻桃(武田鶯塘)、大和田建樹、野崎芝兮、安藤橡面坊、増島白圭、河内梅我、藤波樂齋、河東碧梧桐、大橋乙羽、中内蝶二、久保天隨、江見水蔭、阿都志(石原純)、篠田胡蝶(篠田鑛造)、梅本塵山(梅本塵山人)、美土路春泥(美土路昌一)、板倉醉月、川上眉山、角田竹冷、若尾瀾水、大野一星、河村烏黑(川村雨谷)、保岡江涯、佐藤飯人、吉田竹旬、中野三允、大瓠、塚本虚明、乍人、牛洞山人、柳川春葉、佐々醒雪、笹川臨風、田岡嶺雲、風水子、素圓玄々子、無可有、中村春雨(中村吉藏)、作者未詳、鈴木春友、内藤鳴雪、佐藤雪山、武定巨口、岡野知十、森無黄、十寸穗社、俳童子、高濱虚子、松瀨靑々、福田把栗、合著 當麻答郞編 明治38年12月26日 梨華社 ) → 「明治俳文集」をさがす
- 癖三醉句集 ( 明治40年6月7日 俳書堂 ) → 「癖三醉句集」をさがす