「田子一民」の版間の差分
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− | + | 明治14年11月14日岩手県生れ。昭和38年8月15日歿。筆名むらさき、紫琴。明治41年東京帝国大学法科大学政治学科卒。内務省入省、三重県・岩手県各知事等を経て、昭和3年衆議院議員(当選九回)、16年衆議院議長。この間協調会、中央報徳会各理事。戦後農相に就任。また妻静江(明治16年11月生まれ)は、白水社を創業した[[福岡易之助]]の実姉で、『妻となりて』(大正6年9月20日白水社)の著がある。 | |
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2022年12月20日 (火) 23:31時点における最新版
(たごいちみん)
基本情報
よみがな | たごいちみん |
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職業 | 政治家 |
生年 | 1881 |
没年 | 1963 |
出生地 | 岩手県 |
別名 | むらさき、紫琴 |
経歴
明治14年11月14日岩手県生れ。昭和38年8月15日歿。筆名むらさき、紫琴。明治41年東京帝国大学法科大学政治学科卒。内務省入省、三重県・岩手県各知事等を経て、昭和3年衆議院議員(当選九回)、16年衆議院議長。この間協調会、中央報徳会各理事。戦後農相に就任。また妻静江(明治16年11月生まれ)は、白水社を創業した福岡易之助の実姉で、『妻となりて』(大正6年9月20日白水社)の著がある。
作品
- 郡に在りし頃 ( 大正3年6月8日 自刊 中央報德會発売 ) → 「郡に在りし頃」をさがす
- 第六十五囘帝國議會代表雄辯集 附各國務大臣答辯 ( 床次竹二郞、東武、町田忠治、中野正剛、高田耘平、山枡儀重、岸衞、大口喜六、中村繼男、杉山元治郞、小川鄕太郞、淸瀨一郞、合著 檜垣淸人編 昭和9年3月21日 日本講演通信社 ) → 「第六十五囘帝國議會代表雄辯集 」をさがす
- 日本社會事業總覧 ( 合著 社會事業研究所編 昭和29年5月5日 日本社會事業調査會 ) → 「日本社會事業總覧」をさがす
- 米内光政追想録 ( 合著 昭和36年2月11日 米内光政銅像建設会 ) → 「米内光政追想録」をさがす