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「桃中軒雲右衞門」の版間の差分

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== 経歴 ==
 
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明治6年茨城県生れ。大正5年11月7日歿。本名、岡本峯吉。別名、吉川小繁、吉川繁吉(二世)。父[[吉川繁吉]]に浪花節を習い、13歳で真打となる。のちに[[三河屋梅車]]一座に加わるも、梅車の妻と駆け落ち。明治31年京都で興行中の[[京山花丸]]の下で桃中軒雲衛門を名乗る。「義士銘々伝」が当り、「佐倉義民伝」などと共に明治40年、東京本郷座で口演、[[德富蘇峰]][[高田半峰]]等当代の一流人士も詰め掛けるなど、27日間満員の客を集めた浪曲中興の祖。35年に[[宮崎滔天]]が弟子入りしたことも有名。
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明治6年茨城県生れ。大正5年11月7日歿。本名、岡本峯吉。別名、吉川小繁、吉川繁吉(二世)、桃中軒雲衞門入道。父[[吉川繁吉]]に浪花節を習い、13歳で真打となる。のちに[[三河屋梅車]]一座に加わるも、梅車の妻と駆け落ち。明治31年京都で興行中の[[京山花丸]]の下で桃中軒雲右衞門を名乗る。「義士銘々伝」が当り、「佐倉義民伝」などと共に明治40年、東京本郷座で口演、[[德富蘇峰]]、高田半峰([[高田早苗]])等当代の一流人士も詰め掛けるなど、27日間満員の客を集めた浪曲中興の祖。35年に[[宮崎滔天]]が弟子入りしたことも有名。
  
 
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|書名=正宗孝子伝
 
|書名=正宗孝子伝
 
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|共著者名=丸山平次郎・速記
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|共著者名=[[丸山平次郞]]・速記
 
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|刊行年=明治43年10月10日
 
|刊行年=明治43年10月10日
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|書名=雪の曙義士銘々伝・上の巻
 
|書名=雪の曙義士銘々伝・上の巻
 
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|共著者名=田中薫骨・編著
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|共著者名=[[田中薰骨]]編著
 
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2024年2月25日 (日) 02:45時点における最新版

(たうちゆうけんくもゑもん)


基本情報

よみがな とうちゅうけんくもえもん
職業 浪曲師
生年 1873
没年 1916
出生地 茨城県
本名 岡本峯吉
別名 吉川小繁、吉川繁吉(二世)、桃中軒雲衞門入道



経歴

明治6年茨城県生れ。大正5年11月7日歿。本名、岡本峯吉。別名、吉川小繁、吉川繁吉(二世)、桃中軒雲衞門入道。父吉川繁吉に浪花節を習い、13歳で真打となる。のちに三河屋梅車一座に加わるも、梅車の妻と駆け落ち。明治31年京都で興行中の京山花丸の下で桃中軒雲右衞門を名乗る。「義士銘々伝」が当り、「佐倉義民伝」などと共に明治40年、東京本郷座で口演、德富蘇峰、高田半峰(高田早苗)等当代の一流人士も詰め掛けるなど、27日間満員の客を集めた浪曲中興の祖。35年に宮崎滔天が弟子入りしたことも有名。


作品






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