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天保13年4月江戸(桑名藩築地下屋敷)生れ。幼名鯛三、通称謙次郞、圭齋。号晩樂齋。侍医[[小澤長安]]の次男。[[吉野金陵]]に学び、幕府侍講[[成島柳北]]の塾に寄食。長崎に赴き蘭学を学ぶも、帰って再び成島塾で詩文を学ぶ。次いで官立医学所に入り蘭方外科医学を修む。時に英学勃興に当り成島塾で英学を学び、自ら英学塾不侍舎を開いた。維新後、[[箕作秋坪]]の三叉学舎で漢籍を教授、爾後文部省字書取調掛、東京師範学校校長補、東京学士院書記等歴任、明治19年非職。、また漢学の造詣深く最も詩文に長け、大正8年までの作品二千三百余首を収めた「晩成堂詩草」十五巻の草稿を残した。一方官務の傍ら庭園の研究に勤しみ、「園林叢書」(付図五六百種)と題した等身に及ぶ草稿は、帝国と書翰が買い上げ収蔵。
 
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== 作品 ==
 
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2022年7月14日 (木) 01:18時点における最新版

(をざはけいじらう)


基本情報

よみがな おざわけいじろう
職業 洋学者、漢詩人、庭園研究家
生年 1842
没年
出生地 江戸(桑名藩築地下屋敷)



経歴

天保13年4月江戸(桑名藩築地下屋敷)生れ。幼名鯛三、通称謙次郞、圭齋。号晩樂齋。侍医小澤長安の次男。吉野金陵に学び、幕府侍講成島柳北の塾に寄食。長崎に赴き蘭学を学ぶも、帰って再び成島塾で詩文を学ぶ。次いで官立医学所に入り蘭方外科医学を修む。時に英学勃興に当り成島塾で英学を学び、自ら英学塾不侍舎を開いた。維新後、箕作秋坪の三叉学舎で漢籍を教授、爾後文部省字書取調掛、東京師範学校校長補、東京学士院書記等歴任、明治19年非職。、また漢学の造詣深く最も詩文に長け、大正8年までの作品二千三百余首を収めた「晩成堂詩草」十五巻の草稿を残した。一方官務の傍ら庭園の研究に勤しみ、「園林叢書」(付図五六百種)と題した等身に及ぶ草稿は、帝国と書翰が買い上げ収蔵。


作品




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20088.pdf

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