「桃中軒雲右衞門」の版間の差分
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|刊行年=明治41年2月11日 | |刊行年=明治41年2月11日 | ||
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|刊行年=大正7年6月10日訂正増補 | |刊行年=大正7年6月10日訂正増補 | ||
|出版社=大阪・精華堂叢書 | |出版社=大阪・精華堂叢書 | ||
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2020年10月18日 (日) 22:14時点における版
(たうちゆうけんくもゑもん)
基本情報
よみがな | とうちゅうけんくもえもん |
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職業 | 浪曲師 |
生年 | 1873 |
没年 | 1916 |
出生地 | 茨城県 |
本名 | 岡本峯吉 |
別名 | 吉川小繁、吉川繁吉(二世) |
経歴
明治6年茨城県生れ。大正5年11月7日歿。本名、岡本峯吉。別名、吉川小繁、吉川繁吉(二世)。父吉川繁吉に浪花節を習い、13歳で真打となる。のちに三河屋梅車一座に加わるも、梅車の妻と駆け落ち。明治31年京都で興行中の京山花丸の下で桃中軒雲衛門を名乗る。「義士銘々伝」が当り、「佐倉義民伝」などと共に明治40年、東京本郷座で口演、徳富蘇峰、高田半峰等当代の一流人士も詰め掛けるなど、27日間満員の客を集めた浪曲中興の祖。35年に宮崎滔天が弟子入りしたことも有名。
作品
- 正宗孝子伝 ( 丸山平次郎・速記 明治41年2月11日 大阪・大日本少年倶楽部 <桃中軒叢書> ) → 「正宗孝子伝」をさがす
- 義烈百傑 ( 桃中軒雲衛門入道 明治43年10月10日 大阪・又間安治郎、精華堂書店 ) → 「義烈百傑」をさがす
- 雪の曙義士銘々伝・上の巻 ( 田中薫骨・編著 大正7年6月10日訂正増補 大阪・精華堂叢書 <桃中軒叢書> ) → 「雪の曙義士銘々伝・上の巻」をさがす