「宍戸左行」の版間の差分
→ 日本の古本屋で本をさがす (→作品) |
(→作品) |
||
28行目: | 28行目: | ||
|刊行年=大正12年8月18日 | |刊行年=大正12年8月18日 | ||
|出版社=宮城 山本晃刊 | |出版社=宮城 山本晃刊 | ||
+ | |}} | ||
+ | {{作品| | ||
+ | |冠称=漫画漫文 | ||
+ | |書名=命の洗濯 | ||
+ | |接尾辞= | ||
+ | |共著者名=[[池部鈞]]、[[岡本一平]]、[[近藤浩一路]]、[[近藤りきを]]、[[淸水對岳坊]]、[[下川凹天]]、[[長崎抜天]]、[[服部亮英]]、[[細木原靑起]]、[[前川千帆]]、[[宮尾しげを]]、[[三上知治]]、[[山田みのる]]、合著 [[近藤りきを]]編 | ||
+ | |別名= | ||
+ | |責任表示= | ||
+ | |刊行年=昭和4年7月17日 | ||
+ | |出版社=修文社 | ||
|}} | |}} | ||
{{作品| | {{作品| |
2022年12月18日 (日) 10:52時点における版
(しゝどさかう)
基本情報
よみがな | ししどさこう |
---|---|
職業 | 漫画家 |
生年 | 1888 |
没年 | 1969 |
出生地 | 福島県 |
本名 | 宍戸嘉兵衛 |
経歴
明治21年11月5日福島県伊達郡桑折町生れ。昭和44年2月3日歿。本名嘉兵衛。福島中学校卒。明治44年洋画の習得のためアメリカに遊学。帰国後「毎夕新聞」に入社、政治風俗漫画を連載。昭和元年日本漫画聯盟を下川凹天、麻生豐、柳瀬正夢等と結成。機関誌「ユーモア」の編集長を務める。その後東京日日新聞社を経て読売新聞社に転じ、昭和5年読売新聞日曜版付録「読売サンデー漫画」にストーリイ漫画の嚆矢となる「スピード太郎」を連載。(のち「よみうり少年新聞」に舞台を移す)戦後は水墨画に新境地を開く。夫人は万葉集研究家の佐野都梨子。[1]
作品
- 松島金華山漫畫の旅 ( 池部鈞、前川千帆、中西立頃、山田みのる、幸内純一、小林克巳、在田稠、宮尾重男(宮尾しげを)、下川凹天、代田收一、淸水對岳坊、森島直造、森火山、合著 仙臺協賛會編 大正12年8月18日 宮城 山本晃刊 ) → 「松島金華山漫畫の旅」をさがす
- 漫画漫文 命の洗濯 ( 池部鈞、岡本一平、近藤浩一路、近藤りきを、淸水對岳坊、下川凹天、長崎抜天、服部亮英、細木原靑起、前川千帆、宮尾しげを、三上知治、山田みのる、合著 近藤りきを編 昭和4年7月17日 修文社 ) → 「命の洗濯」をさがす
- 漫画漫談 アメリカの横ッ腹 ( 昭和4年12月 平凡社 ) → 「アメリカの横ッ腹」をさがす
- スピード太郎 ( 昭和10年10月1日 第一書房 ) → 「スピード太郎」をさがす
- スピード太郎 ( 尾崎秀樹・小田切進・紀田順一郎編 1988年5月31日 三一書房 <少年小説大系資料編1> ) → 「スピード太郎」をさがす
- 決戰漫画輯 ( 金子三郞編 北澤樂天、田中比左良、池田永一治(池田永治)、近藤日出造、安本亮一、那須良輔、幸内純一、松本克次、小川哲男、太田天橋、西塔士郞、永井保、中村圭助、南義郎、酒井ふじを、森熊猛、大野鯛三、津田堯、池田壽夫、杉征夫、小泉紫郞、池田さぶろ、岡本一平、佐次たかし、細木原靑起、横井福次郞、澤井一三郞、芳垣靑天、利根義雄、寺尾よしたか、山川哲、山本一郞、西川辰美、森比呂志、和田かつぢ、筑摩鐵平、秋玲二、せんば太郞、芳賀まさを、益子善六、矢崎茂四、原やすを、長谷川町子、宮尾しげを、杉浦幸雄、太田耕士、荻原賢次、清水崑、横山隆一、麻生豐合著 昭和19年5月 敎學館 ) → 「決戰漫画輯」をさがす
出典
- ↑ 少年小説大系資料編1・付録所収-「宍戸左行年譜」